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東京高等裁判所 平成11年(ネ)6419号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、一億五七九四万六一一八円及びこれに対する昭和六〇年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、控訴人が、被控訴会社から菱電不動産株式会社名古屋支店静岡出張所(後に静岡営業所に昇格した。)に出向していたところ、昭和六〇年六月七日、過重な業務に起因してくも膜下出血を発症し、四肢麻痺の後遺症が残った旨主張し、出向元の会社である被控訴会社に対し、安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償として、休業損害、逸失利益及び慰謝料等合計一億五七九四万六一一八円及びこれに対するくも膜下出血発症の翌日である同月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決が、被控訴会社に安全配慮義務違反があるとは認められないとして控訴人の請求を全部棄却したので、控訴人が控訴をしたものである。

なお、控訴人は、当審において、被控訴会社には、控訴人がくも膜下出血を発症したことについて、労働契約上の安全保護義務又は雇用契約上の信義則に基づく債務不履行責任がある旨の主張を追加した。

一  前提事実(当事者間に争いがない事実については証拠を掲記しない。)

1  被控訴人は、従業員数約五万名を擁する日本有数の電器メーカーであり、静岡市小鹿三丁目に静岡製作所(以下「静岡製作所」という。)を有し、また、子会社として菱電不動産株式会社(以下「菱電不動産」という。)が存する。

菱電不動産は、昭和五三年一〇月一六日、静岡製作所の寮・社宅等の管理営繕業務等を目的として、静岡製作所内(乙五)に名古屋支店静岡出張所(昭和五七年一〇月一日に静岡営業所に変更。以下、単に「静岡出張所」又は「静岡営業所」という。)を開設した。

2  控訴人は、昭和三年九月六日生まれの男性であり(乙一の1)、昭和三二年二月二一日、被控訴会社に入社し、主として製造管理部工務課動力保全係に所属し、動力保全班長として動力保全業務に従事していたが、静岡出張所の開設と同時に、昭和五三年一〇月一六日付けで、静岡出張所に出向となった。

なお、控訴人は、昭和六〇年六月七日当時、被控訴会社の従業員等で構成されている川柳部の部長であった(乙二五)。

3  静岡営業所は、昭和六〇年四月一日当時、<1>被控訴会社の宿泊施設、福利厚生施設の管理運営及び営繕、<2>被控訴会社の工場給食、環境整備、売店業務その他管理運営、<3>緑地管理、<4>福祉関係サービスとしての社員への自社製品販売業務、衣服販売等の事業を行っていた。なお、静岡営業所が管理する寮、住宅等は、富士見荘(出張者宿泊、接待用。一棟一五室。)、菱静寮(女子独身寮・検収センター。二棟九〇室。)、池田寮(男子独身寮・三棟一四五室。)、曲金アパート(集合住宅。五棟九六戸)、北安東アパート(集合住宅。四棟二四戸。)、個建社宅(静岡市・八戸、清水市・一戸、藤枝市・四戸、焼津市・一戸)、芙蓉荘(健保会館)であり、芙蓉荘(健保会館)を除いて、合計一四棟三五五戸(室)であった。

また、静岡営業所は、右当時、所長が片岡正三郎(以下「片岡所長」という。)であり、男子二一名、女子六二名の合計八三名の従業員が勤務しており、管理グループ(事業所統括管理)、業務サービスグループ(福祉事業サービス、物品販売取扱)、施設サービスグループ(寮の管理運営、健保会館運営、コミュニケーションプラザ管理)、住宅管理営繕グループ(寮社宅営繕管理、社宅賃貸業)、環境整備グループ(構内の環境整備、環境整備自営工事)、給食グループ(独身寮給食管理)に分かれていた。

4  控訴人は、寮サービスセンター長として住宅管理営繕グループに、主任として環境整備グループにそれぞれ所属し、実務面の取りまとめをして二つのグループの業務を担ってきた。なお、控訴人が具体的に担当していた業務内容は、次のとおりである。

(一) 寮社宅全般営繕管理業務

(1)  寮、社宅の巡回・点検による補修箇所の調査と補修計画の立案

(2)  年二回の予算作成作業

(3)  サービスコールを受けての個人住居の調査

(4)  補修費用が五万円以下の場合における業者発注

(5)  軽易な補修(上下水道の水漏れ、詰まり、雨漏り、電器を除く設備機器の不具合等)の実施

(6)  社外発注分の業者への説明、見積入手、施行チェック、検収作業

(7)  集合住宅入居者への入居説明、個建住宅の入居立会、入退去に伴う電気ガス水道等の契約処理

(二) 緑地管理業務

(1)  工場内の緑地の年間の手入れ作業計画の立案

(2)  緑地・芝生地の消毒、剪定、整枝、芝刈り作業(共同作業)

(3)  除草作業(パート労働者)の指揮監督

(4)  必要資材(消耗品、道具類)の調達

(5)  個建住宅のサービスコールによる手入れ

(三) 構内受託清掃管理業務

構内トイレ、洗面所、道路等の清掃をしている雇員五名、パート五名の業務指揮、監督(ただし、間歇的業務)

(四) 被控訴会社社員への社内報等の配布の応援業務

5  静岡営業所の所定労働時間は、午前八時一五分から午後五時までであり、午後〇時から午後〇時四五分までの休憩時間を除き実働八時間労働である。また、所定の休日は、毎週土曜、日曜であり、そのほか国民の祝日に関する法律で定める休日及び年末年始(一二月三一日から一月三日まで)の休日が存する(乙三四)。

6  被控訴会社は、産業医(労働安全衛生法一三条参照)を置いて、従業員の健康管理を行っており、昭和五六年四月からは、医師清水善男(以下「清水医師」という。)に産業医を委嘱していた(証人清水善男)。被控訴会社は、右に加えて、毎年、従業員の健康診断を行い、「個人健康管理台帳」を作成していたが、これによれば、控訴人の昭和五〇年以降の血圧の推移等は、次のとおりである(甲二〇、乙六)。

年度  収縮期血圧(mmHg) 拡張期血圧(mmHg)

(一)  昭和五〇年度     一五〇       一一〇

(二)  昭和五一年度     一四〇       一〇〇

(三)  昭和五二年度     一三〇        九〇

(四)  昭和五三年度     一三〇       一〇〇

(五)  昭和五四年度     一六〇       一一〇

(六)  昭和五五年度     一三〇       一〇〇

(七)  昭和五六年度     一四六       一〇〇

(八)  昭和五七年度     一五四       一〇二

(九)  昭和五八年度     一五六       一〇二

(一〇) 昭和五九年度     一七六       一〇二

7  控訴人は、昭和六〇年六月七日午後七時すぎころ、残業を終えて自家用普通乗用自動車を運転して帰宅する途中、静岡市稲川二丁目先の路上において、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血及びこれに続発して発生した急性硬膜下血腫により意識障害の状態に陥り、同日午後七時三五分ころ、右自動車内で意識を失っているのを通行人に発見され、同日午後七時五一分ころ救急車で静岡県立総合病院に搬送され(甲一三、乙一六、一七、一九、五九)、同病院において開頭手術を受け、一命を取り留めた。

控訴人は、同日から同年一〇月一七日まで、静岡県立総合病院に入院し、同日、静岡赤十字病院に転院し、昭和六一年六月二一日まで、同病院に入院し、同日、同病院を退院したが(乙二七、二八、五九)、四肢麻痺等の障害が残存し、自動運動は、右上肢を除いてほぼ消失又は著減し、寝たきりであり、自身では寝返りも不可能で、全介助が必要な状態であり、医師から、身体障害者福祉法別表第一級に該当するとの診断を受けている(甲三五〔一五六頁、一五七頁〕、六五、七一、一〇九、一一三、乙一〇三)。

控訴人は、職場復帰ができないまま、昭和六〇年一〇月ころ、菱電不動産への出向を解除され、平成元年二月二〇日、被控訴会社を定年退職した(甲六六、六七、乙一二、弁論の全趣旨)。

二  主たる争点及び主たる争点に関する双方の主張

1  被控訴会社に安全配慮義務違反が存したか

(一) 控訴人の主張

(1)  被控訴会社は、出向元企業として、自ら又は出向先企業を通じて、出向先の業務に起因して出向社員が疾病に罹患しないようにすべき労働契約上の安全配慮義務を負っている。また、被控訴会社は、従業員の病状を正確に把握し、従業員が疾病に罹患している場合には、病状に応じて労働時間の短縮、配置転換等をするなど病状に適応した健康管理をすべき労働契約上の安全配慮義務を負っている。

(2)  控訴人は、以下のとおり、静岡営業所における過重な業務に起因してくも膜下出血を発症したものであり、被控訴会社には、控訴人が菱電不動産において過重な業務に就かされていることを知り又は容易に知り得る状態にありながら、これを事実上放置していたものであって、安全配慮義務違反が存する。

<1> 控訴人は、静岡出張所の開設と同時に同出張所に出向したところ、当初、同出張所の従業員は、所長である高塚伉と控訴人の二人のみであったが、次第にその営業規模を拡大し、昭和五七年一〇月一日には静岡営業所に昇格し、管理を受託する寮等の数が増大し、飛躍的に業務範囲が拡大し、多忙さを増していった。

控訴人は、被控訴会社において、長年の間、外回りの仕事がない動力保全業務に従事していたが、五〇歳という高齢で静岡出張所に出向し、出向後は従前の業務と全く異質な外回りを含む不動産管理等の業務に従事することになったのみならず、所長に次ぐナンバー二の地位にある者として、また、静岡営業所の業務の八〇パーセント以上を占める不動産部門の責任者の地位にある者として、業務の拡大に全力をあげた。

しかも、控訴人は、寮サービスセンター長として住宅管理営繕グループに、主任として環境整備グループにそれぞれ属し、富士見荘を除く菱静寮等一四棟三五五戸(室)、個建住宅一四戸について、必ず一か月に一回巡回・点検を行い、自ら台所、水まわり等の補修をするなどして管理していたもので、その業務量は極めて多かった。

<2> 控訴人は、通常、午前七時四〇分ころには出社し、午後七時四〇分ないし午後八時二〇分ころ退社していたものであって、拘束時間が一日一二時間ないし一三時間にも及ぶ長時間労働であり、サービス残業も多かった。

<3> 控訴人は、くも膜下出血を発症する前の一年間に、所定労働日数二四六日のうち、二二六日間出勤し、一一九日間の休日のうち二日に一日以上に当たる六三日間出勤している。休日の作業は、緑地管理等の業務については、午前九時から午後八時ころまで行っていた。

控訴人は、くも膜下出血を発症する前二か月間において、完全に休養がとれたのはわずか四日に過ぎず、ゴールデンウィーク期間中には一日も休みを取っていない。また、昭和六〇年四月二二日以後、平日に約二時間強の残業をし、また、残業をして帰宅した後も仕事関係の電話を受け、静岡営業所でできなかった書類の作成等を行っていた。このように、控訴人は、くも膜下出血の発症二か月前から残業時間が顕著に増えるなど、業務の負担が著しく増加した。

<4> さらに、控訴人は、月に二、三回位、寮及び社宅から、水道の水漏れ、トイレの詰まりなどの修理の要請を受けて、夜間において修理に赴き、一回当たり二ないし三時間ほどかけて修理をするなどしていた。控訴人は、くも膜下出血を発症する約一か月前の昭和六〇年五月九日には夜間出勤をしている。

<5> 控訴人は、くも膜下出血を発症する直前の昭和六〇年六月一日(土曜日)から同月二日(日曜日)まで、静岡営業所の社員のみの親睦旅行(以下「本件旅行」という。)として東伊豆に出かけている。控訴人は、片岡所長の指示により、気が進まないまま、本件旅行を企画立案し、日程作り及び業者との折衝を行い、幹事として旅行全体を取り仕切り、旅行終了後の会計報告まで行ったものであり、静岡営業所の業務というべきものであり、これにより大きな精神的、肉体的負担を負った。

<6> 控訴人は、くも膜下出血を発症した当日の昭和六〇年六月七日午後〇時から同日午後〇時四五分ころまで、川柳部の吉村弘行によってボイラー室に呼び出され、静岡製作所の共済会である静菱会からの援助金について激しく詰問を受けた。川柳部の活動は、静岡製作所及び静岡営業所の労務管理上重要な位置づけを与えられていたものであり、業務の一環というべきものである。

<7> 控訴人は、以上のような精神的、肉体的ストレスの蓄積する過重な業務に従事していたため、くも膜下出血を発症したものであり、被控訴会社には、安全配慮義務違反が存する。

(3)  被控訴会社は、以下のとおり、職場における健康管理を怠った安全配慮義務違反がある。

<1> 前記第二、一6のとおり、控訴人の血圧の推移は、健康診断個人票の記載によれば、次のとおりであり、最終健診時の数値は収縮期血圧が一七六mmHg、拡張期血圧が一〇二mmHgであって治療を擁する状態になっていた。

年度   収縮期血圧(mmHg) 拡張期血圧(mmHg)

昭和五〇年度      一五〇       一一〇

昭和五一年度      一四〇       一〇〇

昭和五二年度      一三〇        九〇

昭和五三年度      一三〇       一〇〇

昭和五四年度      一六〇       一一〇

昭和五五年度      一三〇       一〇〇

昭和五六年度      一四六       一〇〇

昭和五七年度      一五四       一〇二

昭和五八年度      一五六       一〇二

昭和五九年度      一七六       一〇二

また、控訴人の心電図によれば、昭和五八年一〇月一九日においては明らかな高血圧性肥大心(左心室肥大)の特徴を示している。のみならず、胸部レントゲン写真によれば、心胸郭比(胸部レントゲン直接撮影写真上の胸郭の長さに対する心臓の直径の比率をいい、五〇パーセント以下が正常とされ、五〇パーセント以上が心臓肥大とされる。)が、昭和五七年九月二二日に五一パーセント、昭和五八年九月二一日に五一パーセント、昭和五九年九月二一日に五二パーセント、同年一〇月二九日に五六パーセントを示し、かつ、胸部大動脈の陰影が昭和五七年九月二二日の写真で拡大の所見を示し、昭和五九年一〇月二九日の直接撮影写真ではより顕著な高血圧性変化を示している。

以上のような、控訴人の血圧値の推移、心電図の所見、胸部レントゲン写真による心胸郭比の推移及び胸部大動脈陰影の所見を併せ考えれば、控訴人は、同日ころから、明らかな高血圧性心肥大、胸部大動脈拡大の所見を示しており、控訴人がくも膜下出血を発症する前に、高血圧性心臓病と確定診断し得る状態にあり、降圧剤投与等による降圧治療をするなど厳重な管理をすべき病状にあった。

<2> しかるに、被控訴会社の産業医である清水医師は、心電図上の変化、胸部レントゲン写真の変化を見逃し、控訴人に右<1>の事実を告げず、かつ、降圧剤の服用など高血圧の治療を指示することなく、漫然と経過観察を指示するにとどめたものであり、清水医師には、降圧剤の服用などの生活指導をすることは勿論のこととして、労働時間の短縮(労働安全衛生法六六条の五参照)などの積極的な措置を執るべき義務があったのに、そのような措置を執らなかった過失が存する。

<3> また、静岡営業所の安全衛生管理者である片岡所長は、定期健康診断の結果さえ知らされておらず、職場における健康管理について全く注意をしていなかったため、控訴人を、長期間、労働負担を軽減させることなく漫然と就労させ、かつ、控訴人につき高血圧に対する治療措置を施さなかったものであり、これにより、控訴人にくも膜下出血を発症させたものであって、職場における控訴人の健康管理を怠った過失が存する。

(4)  被控訴会社は、控訴人がくも膜下出血を発症したことについて、労働契約上の安全保護義務又は雇用契約上の信義則に基づき、債務不履行責任を負う。

<1> 被控訴会社は、労働契約上の本質的義務として、従業員の不注意をも予測して、不可抗力以外の万全の措置を講じて、従業員の生命、身体、健康の安全を保護すべき義務(以下「安全保護義務」という。)を負っているというべきであり、仮に、安全保護義務が認められないとしても、雇用契約上の信義則に基づき、従業員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている。

<2> 従業員が過重な業務に従事して疲労や心理的負荷を蓄積して過労状態になると、従業員の心身の健康を損ない、また、高血圧症等の基礎疾患等による健康障害があるにもかかわらず健康保持のための適正な措置を講じないで基礎疾患等に悪影響を及ぼす可能性のある労働に継続して従事させれば、従業員が脳血管に関する疾患を発症させる危険が存する。したがって、被控訴会社又は控訴人の上司である静岡営業所長ないし産業医は、控訴人に対し、控訴人を寮及び社宅の全般的営繕管理関係等の業務に従事させることにより脳血管に関する疾患を発症させて生命及び健康等に危険を及ぼさないようにするため、

イ 控訴人の労働時間、休日、休憩時間、休憩場所等について適正な労働条件を措置すべき義務、

ロ 控訴人が健康状態を把握して健康管理を行い、健康障害を早期に発見する義務、

ハ 控訴人の症状に応じて、勤務軽減(労働時間の短縮、残業労働の短縮若しくは中止)、作業の転換、就業場所の変更等、控訴人の健康保持のための適正な措置を講じ、控訴人の基礎疾患等に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務、

を負っている。

<3> 控訴人は、昭和五九年一〇月ころから、明らかな高血圧性心肥大、胸部大動脈拡大の所見を示しており、高血圧性心臓病と確定診断し得る状態にあり、降圧剤投与等による降圧治療を行うと共に、勤務の軽減、作業の転換、就業場所の変更等、控訴人の健康保持のための適正な措置を講じ、控訴人の高血圧性心臓病に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務があったのに、前記(3) <2>、<3>のとおり、片岡所長、清水医師らは、右義務を怠り、何らの措置を講ずることなく、控訴人を前記(2) のような過重な業務に従事させ、控訴人にくも膜下出血を発症させたものである。

(二) 被控訴人の主張

(1)  控訴人の静岡営業所における業務は、以下のとおり、過重なものではなく、業務と控訴人がくも膜下出血を発症したこととの間には相当因果関係がない。

<1> 控訴人が菱電不動産に出向した後に静岡出張所ないし静岡営業所において行うことになった不動産管理業務は、建物設備の保全業務という面では、それまで控訴人が被控訴会社において行っていた構内動力設備及び建物設備の保全業務と類似しており、全く異質のものではなかった。

<2> 静岡出張所は、開設当初から、池田寮、菱静寮、曲金アパート、北安東アパート及び個建社宅の管理業務を行っており、昭和五七年一〇月から、富士見荘及び芙蓉荘の管理業務並びに池田寮及び菱静寮の施設運営業務を受託したものであり、したがって、静岡営業所の業務内容が拡大していったことは事実であるが、いきなり業務が拡大したわけではなく、また、業務の拡大に伴い人員も増加しているから、控訴人の業務内容が飛躍的に拡大したということはない。

なお、菱電不動産の職制上、片岡所長に次ぐ者は高橋正市であり、また、控訴人が所属していた住宅管理営繕グループ及び環境整備グループの責任者は片岡所長であり、控訴人は実質的責任者というものでもなかった。

<3> 控訴人は、菱電不動産において、前記第二、一4のとおりの業務を行っていたが、業務の執行について別段ノルマ等が課されることはなく、控訴人の自主的判断の下にマイペースで業務を行えば良く、また、殆どの業務を部下である宮田逸雄(以下「宮田」という。)と共同で行っていたから、肉体的に過重な業務であったとはいえない。

<4> 控訴人は、通常、午前七時四〇分ころに出社していたが、これは通勤時間帯の交通混雑を避けるため早めに出社していたものであり、始業時間以前は同僚らと雑談するなどして過ごし、始業時間以前に業務に就くことはなかった。また、控訴人は、日常的には、終業時刻である午後五時以降、速やかに帰宅していた。

<5> 控訴人がくも膜下出血を発症した当時、寮及び社宅の居住者から、夜間に緊急の修理要請を受けることは年に一、二回あった程度にすぎず、しかも、宮田が静岡営業所に出向してきた昭和五七年一二月一六日以降は、宮田が緊急の修理要請に対応し、控訴人が対応することはなかった。

<6> 控訴人は、くも膜下出血を発症する前の一年間で、一一九日の休日の内六三日間出勤しているが、これは、控訴人の業務に、静岡製作所の工場の清掃など工場が休みのときでなければできない作業が含まれていたためであり、休日出勤のうち半日だけ出勤したケースも多くあった上、二〇日の年次有給休暇を取得していて、年間で合計七六日の休日(週に一日の割合による休日)を確保していた。さらに、菱電不動産においては、休日出勤した場合、代休を取ることができるが、控訴人は、代休を取ると給与が減るので代休を取ることを希望しなかった。以上のとおり、控訴人の菱電不動産における業務は決して過重でなかった。なお、当時の労働基準法における就業時間は週四八時間であり、週一日の休日付与が一般的であった。

<7> くも膜下出血を発症する前一年間における控訴人の時間外労働時間の大部分は休日出勤であり、平日における残業時間は合計五八・五時間(月四・九時間の割合)にすぎない上、残業時間も一日につき二時間までというのが通常であった。

くも膜下出血を発症する前二か月間における控訴人の時間外労働時間は、一二日間で合計二二・五時間、休日出勤は、一〇日(そのうち半日出勤が二回)で、有給休暇を含めた休日が一〇日あったものであり、くも膜下出血発症前一年間における時間外労働時間及び休日出勤と比較しても顕著な増加はない。

くも膜下出血を発症する前一週間における控訴人の時間外労働時間は、発症当日を含めて三日間で各二時間であったが、いずれも宮田との共同作業である上、作業内容も控訴人の日常業務の範囲内の仕事であり、また、昭和六〇年六月一日及び同月二日には公休を取得しているから、質的にも量的にも、控訴人の従来からの業務に比して特に著しく身体的・精神的に過重な負荷となるものではなかった。

くも膜下出血を発症した当日の同月七日には、所定内労働時間内は宮田と共同作業で曲金アパートの室内整備、居間の塗装等を行い、同日午後五時一五分から午後七時一五分まで残業して、宮田ほか一名と一緒に被控訴会社構内食堂の壁掛け扇風機の取り付け作業を行ったが、右作業は、控訴人の日常の業務と全く変わらないものであり、控訴人に通常の業務内容に比較して質的、量的に著しく過重な肉体的、精神的負荷を加えるものではなかった。

<8> 控訴人は、昭和六〇年六月一日及び同月二日、本件旅行に参加したが、本件旅行は、静岡営業所のパートタイマーを除く全従業員二三名で構成される共済会主催の毎年慣例の行事であり、希望者のみが、費用の大半を自己負担して参加するものであって、菱電不動産の業務とは無関係のものである。控訴人は、本件旅行で、他の一名と共に幹事を務めたが、実際には宿泊先である民宿の予約をした程度であり、控訴人の負担になるようなものではなかった。また、旅行の日程も無理のないものであったし、控訴人は、旅行中、終始、飲酒、飲食を楽しんでおり、特に体の不調を訴えるようなこともなかった。

<9> 控訴人は、くも膜下出血を発症した当日の昭和六〇年六月七日昼休み、川柳部の活動に関し、控訴人が吉村弘行から激しく詰問された旨主張するが、そのような事実があったとは認められない。なお、控訴人の川柳部における活動は、静岡製作所の従業員で構成される静菱会のクラブ活動であり、菱電不動産は、その活動に関与していないから、被控訴会社の業務とは無関係である。

<10> 一般に、非外傷性のくも膜下出血等の脳血管疾患は、その発症の基礎となる血管病変が、加齢、喫煙などの日常生活における諸種の要因によって自然経過の中で増悪して発症するものが殆どであり、通常は、業務が直接その要因となるものではない。医学経験則上、血管病変が、業務によって、自然経過を超えて急激にかつ著しく増悪した結果、疾病が発症したという因果関係が明らかに認められたときに初めて業務起因性が認められるところ、本件では、控訴人の抱えていた脳動脈瘤等の血管病変が、高血圧症等の要因もあって自然経過の中で増悪し、控訴人にくも膜下出血が発症したものであり、右<1>ないし<9>のとおり、控訴人の業務が過重でなかったことが明らかであるから、控訴人のくも膜下出血の発症に業務起因性はない。

<11> したがって、被控訴会社には、控訴人のくも膜下出血の発症について安全配慮義務違反は存在しない。

(2)  被控訴会社は、以下のとおり、控訴人ら従業員の健康管理を懈怠したことはない。

<1> 被控訴会社は、従業員に対し、定期的(各従業員の誕生月)に健康診断を実施している。従業員は、静岡製作所総務部勤労課診療所(以下「診療所」という。)から健康診断実施通知書を送付され、指定された日時に診療所に出頭し、自己の健康管理台帳を受理して各検査項目を受診し、全項目の検査後に産業医の問診を受ける。

従業員は、受診の際に健康管理台帳を確認することで過去の自己の健康状態を確認することができ、かつ、問診の際に必要な指示を受けることができる。産業医は、検診結果を確認し、必要に応じて再検査を指示すると共に、これらの検査結果を総合的に判断した上で、従業員に対して必要な指示を与えている。さらに、産業医は、従業員の健康診断の結果、就業上の配慮を行う必要がある場合には、その従業員の所属する部門の管理者及び安全衛生管理部門に状況を説明し、必要な措置を執っている。また、健康診断の結果は、各従業員に通知している。

<2> 控訴人の血圧の推移は、前記第二、一6のとおりであり、控訴人が高血圧症であることは認められるが、昭和五八年一〇月二九日の控訴人の心電図及び胸部大動脈の陰影の各所見によれば、控訴人には、特記すべきほどの高血圧性の変化は存しないところ、清水医師は、控訴人の状態を軽度の高血圧と考えたが、眼底所見等を総合しても、降圧剤の投薬を必要とするほどの状態ではないと判断し、総合所見を「管理区分2」の要観察とし、控訴人に対し、日常生活上の節煙、節酒などを指示し、血圧を繰り返し計測して血圧値に注意するよう指導した。

<3> したがって、被控訴会社には、控訴人の健康管理を懈怠したとの安全配慮義務違反はない。

(3)  控訴人は、被控訴会社が、控訴人がくも膜下出血を発症したことについて、労働契約上の安全保護義務又は雇用契約上の信義則に基づき、債務不履行責任を負う旨主張するが、右(1) 、(2) のとおり、被控訴会社には、控訴人がくも膜下出血を発症したことについて、何らの債務不履行もない。

2  控訴人の損害

(一) 控訴人の主張

控訴人は、被控訴会社の安全配慮義務違反等により、くも膜下出血を発症し、これにより次の損害を被った。

(1)  入院雑費 一二〇万〇〇〇〇円

一日当たり一二〇〇円×一〇〇〇日分=一二〇万円

(2)  休業損害 一三九三万一二二八円

控訴人は、くも膜下出血を発症し、従前のように稼働することができなくなったため、定年となった平成元年二月二〇日までの間に、次のとおり、給与の支給額が少なくとも合計一三九三万一二二八円減少し、右減少額相当の損害を被った。なお、控訴人の症状固定日は平成二年一一月三日である。

控訴人がくも膜下出血を発症する前の昭和五九年当時の給与支給総額六二六万九七〇六円×四年間(退職した平成元年二月二〇日まで)-現実に支給された給与の総額一一一四万七五九六円(昭和六〇年・五八六万一四六二円+昭和六一年・二三二万四三六二円+昭和六二年・一四九万九六三〇円+昭和六三年・一四六万二一四二円=一一一四万七五九六円)=一三九三万一二二八円

(3)  家屋改築費用 四五〇万〇〇〇〇円

控訴人は、くも膜下出血の発症等により四肢麻痺となったため、在宅ケアの必要性から四五〇万円をかけて自宅を改築したが、右改築費用は、被控訴会社の安全配慮義務違反等による債務不履行と相当因果関係を有する損害である。

(4)  逸失利益 四三八八万七九四二円

控訴人は、定年退職後もくも膜下出血により四肢麻痺とならなければ、再就職して六七歳に達するまで七年間就労が可能であり、その間、菱電不動産に勤務していたときと同額の六二六万九七〇六円、七年間で合計四三八八万七九四二円の収入を得ることができたというべきであるから、右と同額の損害を被ったというべきである。

(5)  介護費用 六〇四二万六九四八円

<1> 控訴人は、三年間の入院期間中の職業的付添人の費用及び差額ベット代として一月当たり六〇万円、三年間(三六か月)で二一六〇万円を支出した。

<2> 控訴人は、四肢麻痺のため二四時間介護が必要であり、そのため、控訴人が在宅しているときには控訴人の妻Bが介護に当たっているところ、その介護費用としては、一日当たり五〇〇〇円、本件訴え提起までの七年間で一二七七万五〇〇〇円が相当である。

<3> 控訴人は、平均余命の一五年間在宅介護の必要性があるが、その介護費用としては、一日当たり六五〇〇円、合計二六〇五万一九四八円が相当である。

六五〇〇円×三六五日×七年間の新ホフマン計数一〇・九八〇八=二六〇五万一九四八円

(6)  慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

(7)  弁護士費用 一四〇〇万〇〇〇〇円

(二) 被控訴人の主張

控訴人の損害の主張は争う。なお、控訴人の症状が固定した年月日は、昭和六一年五月二四日である。

3  消滅時効の成否(予備的抗弁)

(一) 被控訴人の主張

控訴人がくも膜下出血を発症したのは昭和六〇年六月七日であり、本件訴えが提起されたのは平成八年三月二二日であるから、仮に、控訴人が被控訴会社に対し損害賠償請求権を有するとしても、右損害賠償請求権は時効により消滅している。また、消滅時効の起算点を控訴人の症状固定日と解しても、症状固定日は昭和六一年五月二四日であるから、右損害賠償請求権は時効により消滅している。

(二) 控訴人の主張

本件における消滅時効の起算日は、控訴人の症状固定日であるところ、症状固定日は平成二年一一月三日であり、本件訴えが提起されたのは平成八年三月二二日であるから、控訴人の有する損害賠償請求権が時効により消滅しているということはない。

4  過失相殺の可否(予備的抗弁)

(一) 被控訴人の主張

仮に、被控訴会社に何らかの責任が認められるとしても、控訴人の損害の発生については、控訴人にも定期的に診察を受けたり、禁酒禁煙、塩分摂取制限などの自己管理が不十分であった過失があるから、過失相殺がされるべきである。

(二) 控訴人の主張

控訴人に自己管理が不十分であった過失が存することは否認する。

第三争点に対する判断

一  争点1(被控訴会社に安全配慮義務違反が存したか)について

1  前記第二、一記載の事実、各項中に掲記した各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人の被控訴会社及び菱電不動産における就労状況、控訴人の健康状態等について、次の事実を認めることができる。

(一) 控訴人は、昭和三二年二月二一日、被控訴会社に入社後、主として静岡製作所の製造管理部工務課動力保全係に所属し、動力保全班長として動力保全業務に従事しており(当事者間に争いがない。)、菱電不動産が設立されるまで、寮の補修などの業務が被控訴会社管理部工務課の所管であったため、現場に出かけるなどして寮の補修などについても関与していた(甲六四)。

(二) 控訴人は、昭和五三年一〇月一六日に静岡出張所が開設されると同時に、同日付けで、同出張所に出向となった(当事者間に争いがない。)。

静岡出張所は、静岡製作所の寮、社宅等の管理営繕業務を主たる目的として設立されたものであり、当初、環境整備グループにおいて構内清掃業務(池田寮、菱静寮、富士見荘)を、住宅管理営繕グループにおいて菱静寮、池田寮、曲金アパートA棟、北安東アパート等の建物管理業務及び曲金アパートBないしE棟の賃貸業務等を行っていたほか、構内便受発信文書取扱管理(メールセンター)の業務を行っており、従業員としては、片岡所長及び控訴人のほか二名の出向者及びパートタイマーがいた(乙三四、五一の2、五二の1、証人片岡)。

その後、静岡出張所は、受託業務及び人員が拡大ないし増加していき、昭和五七年一〇月一日、静岡営業所に昇格し、昭和六〇年四月一日時点においては、前記第二、一3のとおりの業務を行うようになり(当事者間に争いがない。)、人員も男子二一名、女子六二名(そのうちパートが四〇名)の合計八三名に増加した(乙三四)。

(三) 控訴人は、寮サービスセンター長として住宅管理営繕グループに、主任として環境整備グループにそれぞれ属し、具体的には前記第二、一4のとおりの業務を行っていた(当事者間に争いがない。)。

なお、住宅管理営繕グループ及び環境整備グループにおいては、片岡所長が責任者であり、控訴人は、片岡所長に次ぐ地位にあった(証人片岡)。

控訴人は、静岡営業所において構内緑地管理業務を追加して受託するため、昭和五七年一二月一六日付けで宮田が静岡営業所に出向してきて以後、宮田の上司として、宮田と共に又は宮田に指示して業務を行うようになった。控訴人の担当職務の比重は、おおよそ、寮及び社宅全般営繕管理業務が七〇パーセント、緑地管理業務が二〇パーセント、構内受託清掃管理業務及びその他の職務が各五パーセントの割合を占め、事務と現業との別では、事務が四〇パーセント、現業が六〇パーセントを占めていたが、現場における作業は宮田が中心となって行っていた。また、控訴人は、自分の裁量で計画を立て、業務に従事していたものであり、菱電不動産からノルマを課せられていたわけではなかった(乙一二、一三、三八、証人片岡)。

(四) 控訴人は、静岡製作所の寮及び社宅の居住者から、夜間に緊急の修理を要請されることがあったが、自ら要請に応じて修理等に赴いたのは多くとも年に四、五回程度であった(甲五、七八、乙四三ないし四五)。

なお、控訴人は、控訴人が夜間緊急に出かけることは月に二、三回あった旨主張し、甲第八〇号証、第八一号証、乙第一〇号証、第六四号証(いずれも控訴人又は控訴人の妻の陳述書)中には右主張に沿う陳述部分が存するが、右証拠は、前記各証拠に照らしたやすく信用することができず、他に、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

(五) くも膜下出血を発症する前一年間の控訴人の出勤状況は次のとおりであり、控訴人の平日の残業時間は、一か月平均で約四・九時間にすぎず、通常は終業後速やかに帰宅していた(乙六)。なお、控訴人は、休日出勤を多くしているが、これは、控訴人の業務に、静岡製作所の工場の清掃など工場が休みのときでなければできない作業が含まれていたためであり、代休を取ることも可能であったが、控訴人は、代休を取ることを希望しなかった(甲五、乙一二、三六、証人片岡)。

(1)  昭和五九年六月八日から同年六月一五日まで

<1> 平日出勤七日         時間外労働時間九時間

<2> 休日出勤一日(半日出勤) 時間外労働時間三・五時間

<3> 公休〇日

<4> 総労働時間              六八・五時間

(2)  昭和五九年六月一六日から同年七月一五日まで

<1> 平日出勤二一日        時間外労働時間一時間

<2> 休日出勤五日(うち二日は半日出勤)

時間労働外時間三〇・五時間

<3> 公休三日、                年休一日

<4> 総労働時間             一九九・五時間

(3)  昭和五九年七月一六日から同年八月一五日まで

<1> 平日出勤一八日        時間外労働時間一時間

<2> 休日出勤七日      時間外労働時間五九・五時間

<3> 公休四日、年休二日

<4> 総労働時間             二〇四・五時間

(4)  昭和五九年八月一六日から同年九月一五日まで

<1> 平日出勤一八日      時間外労働時間五・五時間

<2> 休日出勤五日        時間外労働時間四一時間

<3> 公休七日、年休一日

<4> 総労働時間             一九〇・五時間

(5)  昭和五九年九月一六日から同年一〇月一五日まで

<1> 平日出勤一五日        時間外労働時間〇時間

<2> 休日出勤四日        時間外労働時間三二時間

<3> 公休七日、忌引き四日

<4> 総労働時間               一五二時間

(6)  昭和五九年一〇月一六日から同年一一月一五日まで

<1> 平日出勤一九日        時間外労働時間〇時間

<2> 休日出勤四日        時間外労働時間三二時間

<3> 公休四日、年休一日、忌引き三日

<4> 総労働時間               一八四時間

(7)  昭和五九年一一月一六日から同年一二月一五日まで

<1> 平日出勤一八日        時間外労働時間五時間

<2> 休日出勤六日(うち一日は半日出勤)

時間外労働時間四二時間

<3> 公休四日、年休二日

<4> 総労働時間               一九一時間

(8)  昭和五九年一二月一六日から昭和六〇年一月一五日まで

<1> 平日出勤一五日        時間外労働時間〇時間

<2> 休日出勤五日(うち一日は半日出勤)

時間外労働時間三七時間

<3> 公休一〇日、年休一日

<4> 総労働時間               一五七時間

(9)  昭和六〇年一月一六日から同年二月一五日まで

<1> 平日出勤二三日        時間外労働時間〇時間

<2> 休日出勤五日(うち一日は半日出勤)

時間外労働時間三五・五時間

<3> 公休三日

<4> 総労働時間             二一九・五時間

(10) 昭和六〇年二月一六日から同年三月一五日まで

<1> 平日出勤一八日(うち出張二日)

時間外労働時間三・五時間

<2> 休日出勤五日        時間外労働時間四〇時間

<3> 公休四日、年休一日

<4> 総労働時間             一八七・五時間

(11) 昭和六〇年三月一六日から同年四月一五日まで

<1> 平日出勤一八日     時間外労働時間一二・五時間

<2> 休日出勤八日(うち二日は半日出勤)

時間外労働時間五七時間

<3> 公休三日、年休二日

<4> 総労働時間             二一三・五時間

(12) 昭和六〇年四月一六日から同年五月一五日まで

<1> 平日出勤一九日        時間外労働時間四時間

<2> 休日出勤六日(うち一日は半日出勤)

時間外労働時間四五時間

<3> 公休四日、年休一日

<4> 総労働時間               二〇一時間

(13) 昭和六〇年五月一六日から同年六月七日まで

<1> 平日出勤一七日       時間外労働時間一五時間

<2> 休日出勤二日(うち一日は半日出勤)

時間外労働時間一一・五時間

<3> 公休三日、年休一日

<4> 総労働時間             一六二・五時間

(14) 以上をまとめると、控訴人の労働時間は、次のようになる。

<1> 年間総労働時間            二三三一時間

<2> 年間所定総労働時間 一九六八時間(二四六日×八時間)

<3> 週平均総労働時間(一年を五二週として計算。以下同じ。)

約四四・八時間

<4> 休日出勤日数                六三日

<5> 年間総出勤日数              二八六日

<6> 平日時間外労働時間数 五八・五時間(月約四・九時間)

<7> 公休及び年休の日数     七六日(週約一・四六日)

なお、控訴人は、右以外にサービス残業等をしており、控訴人の業務は昼食を摂ることができないほど多忙であり、極めて過重であった旨主張し、これに沿う証拠(甲四、七五ないし七七、八二、一〇八、乙一〇三、証人B)が存するが、右証拠には客観的な裏付けがなく、右主張を否定する各証拠(甲五、二〇、乙一二、一八の1ないし3、三六、四七、証人片岡)の存在を考慮すると、控訴人提出の前記証拠をもって右認定を左右することはできず、他に控訴人の右主張を認めるに足りる証拠は存在しない。

(六) くも膜下出血を発症する前一週間の控訴人の稼働状況等は次のとおりであり、業務の内容は従前と変わるものではなかった(甲五、八、乙一八の3、三四)。

(1)  昭和六〇年五月三一日 宮田と共同して、所定労働時間内は、藤枝住宅の網戸の張り替え、被控訴会社の構内のツツジ、サツキの刈り込み等を行い、午後五時一五分から午後七時一五分まで二時間の残業をして、印刷物「するが」の配布作業を行った。

(2)  昭和六〇年六月一日 公休(本件旅行)

(3)  昭和六〇年六月二日 公休(本件旅行)

(4)  昭和六〇年六月三日 所定労働時間内は、宮田と共同して、北安東社宅の室内整備、蛇口の保守、風呂場のスノコ取替を、控訴人単独で樹木の消毒等を行い、午後五時一五分から午後七時一五分まで二時間の残業をして、被控訴会社の構内のツツジ、サツキの刈り込み作業を行った。

(5)  昭和六〇年六月四日 所定労働時間内は、宮田と共同して、北安東社宅の室内整備、カーテンレール及び換気扇の取り付けを行い、控訴人単独で空き地の除草等を行った。

(6)  昭和六〇年六月五日 所定労働時間内は、控訴人単独で被控訴会社の構内のツツジ、サツキの施肥を行い、宮田と共同して、午後五時一五分から午後七時一五分まで二時間の残業をして、曲金社宅の温水器減圧弁の取り替え作業を行った。

(7)  昭和六〇年六月六日 宮田と共同して、所定労働時間内は、曲金住宅の室内整備、蛇口の保守、換気扇の清掃、被控訴会社の構内のツツジ、サツキの施肥等を行い、午後五時一五分から午後七時一五分まで二時間の残業をして、被控訴会社の食堂の蛇口、ペダルハンドル取り付けの下準備をした。

(8)  以上のとおり、控訴人のくも膜下出血を発症する前一週間の控訴人労働時間は、合計四〇時間であり、当時の労働基準法の定める週四八時間の範囲内であった。

(七) くも膜下出血を発症した当日の控訴人の稼働状況等は次のとおりである(甲五、八、乙一四、一八の3、三四)。

控訴人は、宮田と共同して、所定労働時間内は、曲金住宅の室内整備、居間の壁塗装、水道蛇口の取り付け等を行い、宮田ほか一名と共同して、午後五時一五分から午後七時一五分まで二時間の残業をして、壁掛扇風機四台の取り付けをしたが、現実に取り付け業務を行ったのは宮田であり、控訴人が疲労するといった内容ではなかった。

(八) 控訴人は、昭和五九年三月に風呂場で転んで打撲した以外には病気らしい病気をしたことがなく(乙一一)、自ら疲労を訴えることもなく、周囲からは健康であると思われており(甲五、六、乙四四、四五)、くも膜下出血を発症した当日、一緒に残業をした宮田も異常を感じなかったもので、控訴人は、残業が終了後、頭痛や不快を訴えることなく帰途についた(乙一四)。

(九) 控訴人は、右(六)のとおり、昭和六〇年六月一日、同月二日にかけて、他の従業員と共に本件旅行に出かけた。本件旅行は、菱電不動産の共済会主催であり、控訴人ほか一名が幹事となり、菱電不動産の従業員二三名に呼びかけ、そのうち一二名(他に望月商事の従業員三名)が参加して行われた。本件旅行については、会費のほか共済会及び菱電不動産から補助が出されているが、参加は強制ではなく、不参加の場合であっても勤怠・賃金等には関係しない純然たる私的な職場仲間のレクリエーションであった(甲三六、乙三五、三九、五一の1、2、証人片岡)。

また、控訴人は、川柳部の部長をしていたが、クラブ活動については、被控訴会社ないし菱電不動産から参加を強制されるものではなく、控訴人も趣味をのばすため、自らの意思で任意に加入したものであり、被控訴会社の業務とは関係しない(乙二四、二五、四八ないし五〇)。

控訴人は、本件旅行及び川柳部の活動が、菱電不動産の業務の一環として行われた旨主張するが、右認定事実に照らし採用することができない。

(一〇) 控訴人の血圧の推移は、前記第二、一6のとおりである。

全米合同委員会による高血圧治療指針(一九八四。乙三四)によれば、拡張期血圧について、

(1)  八五mmHg未満        正常血圧

(2)  八五mmHgないし八九mmHg   正常血圧(やや高め)

(3)  九〇mmHgないし一〇四mmHg  軽症高血圧

(4)  一〇五mmHgないし一一四mmHg 中等高血圧

(5)  一一五mmHg以上       重症高血圧

と分類され、収縮期血圧(拡張期血圧が九〇mmHg未満の場合)について、

(6)  一四〇mmHg未満       正常血圧

(7)  一四〇mmHgないし一五九   境界型収縮期高血圧

(8)  一六〇mmHg以上       収縮期高血圧

と分類され、また、一回目の血圧測定において、右(3) の軽症高血圧の場合及び収縮期血圧が一四〇mmHgないし一九九の場合には二か月以内に血圧の上昇を再確認するとされ、右(4) の中等高血圧症の場合には二週間以内に定められた治療を行うとされている。右基準によれば、控訴人の血圧は、昭和五〇年度及び昭和五四年度においては、拡張期血圧が一一〇mmHgであるから、二週間以内に定められた治療を行うことが必要とされ、その余の年度においては、いずれも拡張期血圧が一〇二mmHg以下、収縮期血圧が一七六mmHg以下(ただし、昭和五二年度、昭和五三年度及び昭和五五年度は一三〇mmHgであるから除く。)であるから、二か月以内に血圧の上昇を再確認することが必要であったというべきである。

また、米国合同委員会第五次勧告(一九九二)一八歳以上成人における血圧の分類(甲一〇七)によれば、

(1)  拡張期血圧八五mmHg未満、収縮期血圧一三〇mmHg未満 正常

(2)  拡張期血圧八五mmHgないし八九mmHg、収縮期血圧一三〇mmHgないし一三九mmHg 高値正常

(3)  拡張期血圧九〇mmHgないし九九mmHg、収縮期血圧一四〇mmHgないし一五九mmHg 軽度高血圧症(第一期)

(4)  拡張期血圧一〇〇mmHgないし一〇九mmHg、収縮期血圧一六〇mmHgないし一七九mmHg 中等度高血圧症(第二期)

(5)  拡張期血圧一一〇mmHgないし一一九mmHg、収縮期血圧一八〇mmHgないし二〇九mmHg 重症高血圧症(第三期)

(6)  拡張期血圧一二〇mmHg以上、収縮期血圧二一〇mmHg以上 重篤高血圧症(第四期)

と分類され、控訴人の血圧は、拡張期血圧が、昭和五〇年度及び昭和五四年度が重症高血圧症(第三期)に、昭和五二年度が軽度高血圧症(第一期)に、その余の年度が中等度高血圧症(第二期)に分類され、収縮期血圧が、昭和五二年度、昭和五三年度及び昭和五五年度が高値正常に、昭和五四年度及び昭和五九年度が中等度高血圧症(第二期)に、その余の年度が軽度高血圧症(第一期)に分類される。

以上のとおり、控訴人の昭和五九年度の血圧は、右のとおり、全米合同委員会による高血圧治療指針によれば、拡張期血圧が九〇mmHgないし一〇四mmHg(一〇二mmHg)の軽症高血圧、収縮期血圧が一六〇mmHg以上(一七六mmHg)の収縮期高血圧に当たり、二か月以内に血圧の上昇を再確認することが必要な状態であった(なお、米国合同委員会第五次勧告〔一九九二〕一八歳以上成人における血圧の分類によれば、控訴人の同年度の血圧は、中等度高血圧症〔第二期〕に当たるが、くも膜下出血発症当時を基準として被控訴会社の責任の存否、範囲を決めるについては、当時から約七年を経て制定された右分類を基準とするのは適切でない。)。

(一一) 控訴人は、昭和五〇年度には再検査により、昭和五六年度ないし五八年度については献血の際、血圧を測っているが、その数値は、昭和五〇年度・拡張期血圧九〇mmHg、収縮期血圧一三〇mmHg、昭和五六年度・拡張期血圧九四mmHg、収縮期血圧一三二mmHg、昭和五七年度・拡張期血圧九四mmHg、収縮期血圧一三〇mmHg、昭和五八年度・拡張期血圧九三mmHgと測定されている(甲二〇、証人清水)。なお、控訴人は、昭和五九年度においては、再検査等を受けていない(乙四六。なお、控訴人は、個人健康管理台帳〔甲二〇〕に、再検査等の記載がされているのは、後日記載されたものであって内容虚偽である旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。)。

また、控訴人は、拡張期血圧が一一〇mmHg、収縮期血圧が一六〇mmHgと血圧値の高かった昭和五四年度において、同年九月四日から同年一一月二七日まで、診療所で受診しているところ、その際の血圧値は、同年九月四日、拡張期血圧一〇〇mmHg、収縮期血圧一五〇mmHg、同月五日、拡張期血庄一〇〇mmHg、収縮期血圧一四六mmHg、同月八日、拡張期血圧一〇六mmHg、収縮期血圧一四〇mmHg、同月二一日、拡張期血圧八四mmHg、収縮期血圧一二〇mmHg、同年一〇月二日、拡張期血圧一〇〇mmHg、収縮期血圧一六〇mmHg、同年一一月二七日、拡張期血圧一一〇mmHg、収縮期血圧一六〇mmHgであり、同日、降圧剤エルドバンの投与を受けている。なお、翌年である昭和五五年度の控訴人の血圧値は、拡張期血圧一〇〇mmHg、収縮期血圧一三〇mmHgとなっている(甲二〇、七四、乙四六、証人清水)。

(一二) 血圧は、診療所で健康診断の際測る数値と本人が診療所以外で自発的に測る場合とでは数値にかなり差が出る場合があるなど、測定の条件、体調等により変動が生じるものであり、単に一回の測定数値により高血圧等の確定診断をすることは困難である(乙四六、一〇二、証人清水、弁論の全趣旨)。

(一三) 清水医師は、昭和五八年度及び昭和五九年度において、控訴人が定期健康診断を受けた際、レントゲン写真(間接撮影写真)を基にして心胸郭比を計測したところ昭和五八年度が五〇・九二五パーセント(二二〇/四三二)、昭和五九年度が五二・〇〇九パーセント(二二〇/四二三)であった。また、控訴人の眼底検査の結果は、昭和五六年度がH2S2であって動脈硬化性の変化が見られたが、昭和五七年度にはH1S1とされ、動脈硬化性の変化が改善したとされている(甲二〇、証人清水)。

控訴人の心電図上の所見は、昭和五六年ないし昭和五八年につきいずれも異常なし(Normal)の項目にチェックがされており、昭和五九年度については、心電図自体はないが、個人健康管理台帳上は異常なしとされている(甲二〇ないし二三)。しかし、控訴人の昭和五八年度の心電図上の所見では、多少左心室肥大の傾向が見られる(甲二三、証人清水、同田尻俊一郎、同須田民男)。また、控訴人の心電図上の所見では、冠状動脈の硬化が進んで発生するストレイン型の左心室肥大の所見はない(乙一一二、一一三、証人清水、同田尻俊一郎。なお、甲第一二号証、第一一〇号証〔甲第一五七号証〕、乙第一〇四号証及び証人須田民男の証言中には、右認定に反する部分が存するが、右各証拠に照らし、たやすく信用することができない。)。

清水医師は、控訴人について、定期健康診断の結果を基にして、昭和五六年度以降、いずれも要観察(管理区分2)としている(甲二〇)。

(一四) 控訴人のくも膜下出血の原因は、左前大脳動脈の脳梁周動脈又は脳梁周囲動脈と脳梁縁動脈の分岐部に存在した嚢状動脈瘤の破裂(突発性くも膜下出血)であるところ(甲一一、乙五七ないし五九、一〇二)、嚢状動脈瘤の場合、先天的に発生するのが通常であり、後天的に発生することはない(甲七二、九五、乙二七、六〇)。

また、嚢状動脈瘤の破裂は、緊張状態において発生することもあるが、睡眠中や通常の状態においても発生することがあるとされており(小松らの研究によれば七四九例中の三一パーセント、Schievinkらによれば四四五例中の四六・二パーセント。なお、ロックスレイの研究では六〇八〇例中の約三分の二が睡眠中又は特定しがたい状況のもとで発生したという。甲一一、九五、乙二八、六〇)、現在、必ずしもその原因が解明されていない。また、嚢状動脈瘤の破裂による突発性くも膜下出血については、高血圧、喫煙、大量の飲酒、加齢等が危険因子とされているが(甲一六、一九、乙二七、三〇、六〇、六三、一〇二)、高血圧については危険因子であると確定できないとの説も唱えられており(甲一七、九五、乙二八)、定説は存在しない。

控訴人は、一日二〇本程度喫煙し(乙一一)、飲酒もし、ときには、職場に二日酔いの状態で出勤したことがあった(乙一二、一四)。

2  右1の事実に基づき、被控訴会社に安全配慮義務違反ないし保護義務違反が存在するか否かを判断する。

(一) 控訴人は、静岡営業所における過重な業務に起因してくも膜下出血を発症したことを前提として被控訴会社に安全配慮義務違反が存在する旨主張する(争点1に関する控訴人の主張(2) 、(3) )。

しかし、以下のとおり、右前提事実を認めることができないから、この点での控訴人の主張は採用することができない。

(1)  くも膜下出血発症一年前の控訴人の労働時間等は、年間総労働時間が二三三一時間で、菱電不動産の年間所定総労働時間一九六八時間を上回るものであり、休日出勤も多かったが、週平均労働時間は約四四・八時間にすぎず、当時の労働基準法に定める週四八時間労働の範囲内であり、休日も平均週約一・四六日を取っていた上、希望すれば休日出勤につき代休を取ることも可能であったこと、平日の残業時間は、平均すると月約四・九時間であり、さほど多くないこと、夜間緊急に出勤を要請されることもあったが、その回数は多くても年四、五回であることを考慮すると、くも膜下出血発症一年前の業務が過重であったとは認められない。

(2)  くも膜下出血を発症する前一週間の控訴人の労働時間は、合計四〇時間であり、当時の労働基準法に定める週四八時間労働の範囲内であったことに加えて、その業務内容も従前と変わらないものであったことからすれば、くも膜下出血発症一週間前の業務が過重であったとは認められない。

(3)  くも膜下出血発症当日の控訴人の業務内容は、通常と同様であり、しかも、残業の際には実際の作業を宮田が行ったため、控訴人が疲労するような内容ではなく、過重なものではなかった。

(4)  右(1) ないし(3) の事実に加えて、控訴人は、被控訴会社在籍当時から、菱電不動産におけると同種の業務を行っていた経験があり、菱電不動産における業務が全く異質のものであるといった事情になかったこと、控訴人は、業務を行うについてノルマを課されていたわけではなく、自らの裁量により業務を行うことができ、したがって、残業や休日出勤、年休の取得等も原則として自分の判断ですることができたことを考慮すると、控訴人の菱電不動産における業務が過重なものであったとは到底認められない。

(5)  控訴人は、本件旅行が過重であったこと及び川柳部の運営に関し控訴人が詰問されたことを指摘するが、本件旅行及び川柳部の運営は、いずれも私的なものであり、被控訴会社の業務と関係しないから、これを控訴人の業務の過重性判断の資料とすることはできないというべきである。

(二) 控訴人は、被控訴会社が、控訴人に対し、降圧剤投与等による降圧治療を行うと共に、勤務の軽減、作業の転換、就業場所の変更等、控訴人の健康保持のための適正な措置を講じ、控訴人の高血圧性心臓病に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務があったのにこれを怠ったから、被控訴会社には労働契約上の安全保護義務ないし雇用契約上の信義則に反する債務不履行が存する旨主張する(争点1に関する控訴人の主張(4) )。ところで、右主張は、被控訴会社が、控訴人に対し、降圧剤投与等による降圧治療を行わず、従前と同様の業務に就かせていたことにより、控訴人がくも膜下出血を発症したことを前提とするものである。

しかし、以下のとおり、右前提事実を認めることができないから、控訴人のこの点での主張は採用することができない。

(1)  控訴人は、昭和五九年度の健康診断において、当時の指針である全米合同委員会による高血圧治療指針によれば、拡張期血圧につき軽症高血圧、収縮期血圧につき収縮期高血圧に当たるとされたが、これは、二か月以内に血圧の上昇を再確認することが必要な状態にすぎなかった。

また、レントゲン写真(間接撮影写真)を基にして控訴人の心胸郭比を計測したところ昭和五九年度が五二・〇〇九パーセントであったこと(ただし、これはレントゲン直接撮影写真ではないから、この数値をそのまま心胸郭比の判定に用いることはやや不正確である。)、控訴人の眼底検査の結果は、昭和五六年度がH2S2であって動脈硬化性の変化が見られたが、昭和五七年度にはH1S1とされ、動脈硬化性の変化が改善したとされていること、控訴人の昭和五八年度における心電図上の所見では多少左心室肥大の傾向が見られるが、ストレイン型の左心室肥大の所見はないことなどを総合すると、控訴人は、本件くも膜下出血を発症した当時、軽度の左心室肥大の状況にあったと認められる。

(2)  控訴人のくも膜下出血の原因は、先天的に発生していた嚢状動脈瘤の破裂であるところ、嚢状動脈瘤の破裂は、睡眠中や通常の状態においても発生することがあるとされており、現在、必ずしもその原因が解明されておらず、また、くも膜下出血については、高血圧、喫煙、大量の飲酒、加齢等が危険因子とされているが、高血圧症については危険因子であると確定できないとの説も唱えられており、定説が存在しない。そのため、医師であっても、嚢状動脈瘤破裂を原因とする突発性くも膜下出血の発生を具体的に予見することは極めて困難であると推認される。逆に、控訴人は、一日二〇本程度喫煙し、ときには、飲酒の上、職場に二日酔いの状態で出勤したことがあった。

(3)  菱電不動産における控訴人の業務は、前記1のとおり、過重なものであったとは到底認められない。

(4)  控訴人は、くも膜下出血を発症した当時、自ら疲労を訴えることもなく、周囲からは健康であると思われており、何らの支障なく菱電不動産の業務を行っていた。

(5)  以上のように、控訴人の高血圧及び左心室肥大の程度が軽度であること、嚢状動脈瘤の破裂は、睡眠中や通常の状態においても発生すること、菱電不動産における控訴人の業務が過重でなく、控訴人も何らの支障なく菱電不動産の業務を行っていたこと、逆に、控訴人に喫煙、飲酒といったくも膜下出血の危険因子を増大させる行為があったことを考慮すると、被控訴会社が、控訴人に対し、降圧剤投与等による降圧治療を行い、業務量を軽減するなどの措置を執ったからといって、控訴人がくも膜下出血を発症するのを防げたと認めることはできず、したがって、被控訴会社が、控訴人に対し、降圧剤投与等による降圧治療を行わず、菱電不動産において従前と同様の業務に就かせていたことにより、控訴人がくも膜下出血を発症したとの前提事実(被控訴会社の行為と控訴人がくも膜下出血を発症したこととの間に相当因果関係があること)を認めることができない。

なお、甲第一二号証及び第一一〇号証(いずれも須田民男作成の意見書。なお、便宜甲第一五七号証の同人作成の意見書も含めて考察する。)、乙第一〇四号証(別事件における証人須田民男の証言調書)並びに証人須田民男の証言中には、くも膜下出血を発症した当時、控訴人が中等度以上の高血圧症の状態にあり、しかも合併症として高血圧性心臓病に罹患していて、早急かつ継続的に医療機関で受診すること及び業務を制限することを指導すべきであった旨の部分が存する。しかし、右(1) ないし(4) の事実を総合すると、被控訴会社が、控訴人に対し、医療機関で継続的に受診すること及び業務を制限することを指導することにより、くも膜下出血の発症を防止し得た蓋然性が高いとは認められないから、須田民男作成の右意見書等をもって、右認定を左右することはできないというべきである。そして、他に、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

(三) 仮に、前記(二)の控訴人主張の前提事実が認められるとしても、以下のとおり、被控訴会社には、控訴人がくも膜下出血を発症したことについて、控訴人主張のような債務不履行責任があるとは認められない。

(1)  控訴人のくも膜下出血は、控訴人が先天的に有していた脳動脈瘤の破裂が原因であり、控訴人が行っていた業務とは関連性がないこと、同様に、くも膜下出血ないし脳動脈瘤の破裂に影響を及ぼした可能性のある控訴人の高血圧症及び左心室肥大も、控訴人の行っていた業務とは関連しないことからして、これらは、いわば控訴人の純然たる私病であるといわざるを得ない。私病については、第一次的に、従業員が、自己の健康を保持すべき義務を負っているというべきであるから、控訴人についても、自らの責任で、自己の健康に留意し、くも膜下出血の発症を予防すべき義務があったものであり、被控訴会社が控訴人の健康について配慮すべき義務は第二次的なものであるといわざるを得ない。

しかし、被控訴会社は、業務に関連する場合ではあるが、労働安全衛生法上、使用者として、従業員である控訴人の健康障害を防止するための措置、健康診断の実施その他健康の保持増進のための措置を行うべき義務を負っており、そのため、診療所に産業医たる清水医師を配置していることからすれば、清水医師において、定期健康診断等により、従業員である控訴人に私病があり、これを放置し、従前の業務を継続して行わせれば私病の悪化により控訴人の生命身体に係わる重大な疾病が発生するおそれがあると予見できた場合には、これを予防するため、清水医師は、控訴人に対し、その旨通知して、適切に健康管理をすることを求め、場合によっては専門医の治療を受けることを勧め、また、使用者である被控訴会社に対し、労務の軽減、配置転換等の適切な措置を執り控訴人の健康を確保するよう勧告すべき義務があり、また、右のような勧告を受けた場合、被控訴会社は、右勧告に従って労務の軽減、配置転換等の適切な措置を執るべき義務があったというべきである。そして、清水医師ないし被控訴会社が、故意又は過失により右義務に違反した場合には、被控訴会社は、控訴人に対し、これにより生じた損害を賠償すべき労働契約に付随する信義則上の義務が存すると解される。

(2)  そこで、本件において、被控訴会社ないし清水医師に右のような義務違反が存するか否かについて検討するに、前記(二)(1) ないし(4) のとおり、控訴人の高血圧及び左心室肥大の程度が軽度であること、嚢状動脈瘤の破裂は、睡眠中や通常の状態においても発生するものであり、医師であってもその予見が極めて困難であると推認されること、菱電不動産における控訴人の業務が過重でなく、控訴人も何らの支障なく菱電不動産の業務を行っていたこと、控訴人に喫煙、飲酒といったくも膜下出血の危険因子を増大させる行為があったこと考慮すると、清水医師としては、控訴人に対し、現在控訴人が高血圧の状況にあることを伝え、節煙、節酒などをして適切な健康管理をするよう指導すべき義務があったというべきである。しかし、産業医は、労働者の私病を自ら治療する役割を負っているものではないから、清水医師は、控訴人に対し、自ら降圧剤を投薬して降圧治療をする義務まであったとは認められないし、右のような控訴人の高血圧等の状態、控訴人の業務内容及び控訴人の勤務状況等にかんがみれば、被控訴会社に対し、控訴人の業務内容を軽減するよう勧告すべき義務があったとも認められない。そして、清水医師は、昭和五九年度の定期健康診断により、控訴人が継続して高血圧の状態にあることを把握したことから、控訴人に対し、各年度の控訴人の血圧の状態等を示して控訴人が高血圧の状態にあることを説明した上、繰り返し血圧測定をし、節煙、節酒などをして適切な健康管理をするよう指導したことが認められるから(甲二〇、証人清水)、清水医師に過失があったとは認められず、したがって、被控訴会社が、前記労働契約に付随する信義則上の義務に違反したとも認められない。

(3)  なお、控訴人は、控訴人が清水医師から高血圧であることを伝えられたことはない旨主張し、これに沿う証拠(甲二、四、八〇、八一、乙六四、一〇三)があるが、控訴人は、すでに昭和五四年の段階で降圧剤の投与を受けたことがあることからすれば、自身が高血圧であることを知っていたと推認され、また、血圧の数値自体は、血圧測定の際、被測定者においても容易に知り得るものであり、産業医である清水医師が、控訴人に対し、高血圧の状態にあることを隠す必要があるとも認められないから、清水医師が証言しているとおり、清水医師において、昭和五九年度の健康診断の際、控訴人に対し、各年度の控訴人の血圧の状態等を示して控訴人が高血圧の状態にあることを説明していると認められる。したがって、前記各証拠は、たやすく信用することができず、他に、控訴人の右主張を認めるに足りる証拠は存在しない。

二  よって、その余の争点について判断するまでもなく、控訴人の請求は、理由がないからこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)

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